ステンレスは腕時計にとって最適な素材か?

現代の時計製造ではステンレスが最も多く腕時計のケースとして使用されている金属です。しかしもともとステンレスは工業用品として使われる金属で、腕時計以外のアクセサリーで使用されることは滅多にありません。なぜ時計に多く使われるようになったか、ステンレス鋼の歴史や鋼材の特徴も併せて考えていきます。

ステンレスは鉄!

黒のペン、試験管、ピペットと手書きの化学元素の鉄鉄。

黒のペン、試験管、ピペットと手書きの化学元素の鉄鉄。

ちょっと意外に思うかも知れませんが、ステンレス鋼の成分の大部分は鉄(Fe)なのです。そのためでしょうか?ロレックス はステンレスのことを「スティール」と、呼んでいます。
ステンレスの成分はFe(鉄)、Cr(クロム)、Ni(ニッケル)の合金です。もともとステンレスが開発されたのは1821年頃フランスの学者がクロム合金に関わる論文を発表しています。その後実用化されたのは1913年でした。
1821年から1913年までの間数人の研究者がステンレスに近い合金の研究成果を発表しています。しかしあくまでもラボ(研究室)レベルの話。なぜ実用化するまで時間が掛かったのか?これは想像ですが、当時「サビない鉄って必要なの?」という固定概念があったためと考えます。
サビない鉄を何に使ったら良いか、見当もつかないというのが、本当のところだったのでしょう。実用的な最初のステンレスの使い方は食器用、デーブルナイフの使用でした。
イギリス人のハリー・ブレアリーが1913年に初めて食器用ナイフとしてステンレスを使ってから本格的なステンレスの時代が始まったのです。
シルバーカトラリー

シルバーカトラリー

こうしてサビない鉄、ステンレスは食品用から始まり、化学産業、そして最近では建築や美術品にまで幅広く我々の生活に使われる素材へと発展していきます。
さて、時計に初めてステンレスが使われたのどのブランドかを調べましたが、世界初のステンレス時計の正確な情報は解明できませんでした。
そこで主要ブランド毎に1913年以降の歴史を調べてみると、いちばん古い物は1926年にロレックスが発案した、ステンレス塊をくり抜く「オイスターケース」、これ以外に発見はできませんでした。
ロレックスはこの年世界初の防水時計の素材を「オイスタースティール」と名付け1931年にはオイスターケースに自動巻ムーブメントを搭載することに成功します。
第二次世界大戦後多くのブランドで、ステンレス製の時計が発表されます。しかしプレステージと呼ばれる価格帯までには普及していませんでした。
その後1972年にオーデマピゲ よりステンレスを使用した「ロイヤルオーク」が発表されて以降パテック・フィリップスからもステンレス製の「ノーチラス」が発表されます。
時をほぼ同じく、ヴァシュロン・コンスタンタンからも「222」というステンレス モデル(後のオーヴァーシーズ)が出たことで、高級時計ブランドでもステンレス の使用が広く認知されてきたのです。

チタンはステンレス には勝てない!

チタニウムのインゴットの背景 Ti の記号。3D レン...

チタニウムのインゴットの背景 Ti の記号。3D レンダリング

さて、ステンレスに変わる素材としてはチタンがよく言われます。もともとチタンは1950年代宇宙工学界を中心とした製品に使われてきたのです。チタンは軽く、腐食にも強いことで90年代から日本でも徐々に色々な生活工業製品に使用されるようになってきました。僕が初めてチタンを知ったのは眼鏡フレームです。
当然時計にも多く使われています。僕が最近見たのはSEIKOプロスペックスのSEIKOブティック限定モデルでした。
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ケース径44ミリと大型のダイバーズウォッチです。かなり重いのかなあと思いきやチタン製ゆえ軽くビックリしました。しかし何かもの足りないと感じたのも事実です。それは時計自体の輝きです。
チタンは素材自体が硬く、表面加工を含む加工が難しい素材と言われています。そのため仕上げ加工も技術が必要で、鏡面加工もできる業者が限られているそうです。
もうひとつが提供量の問題もあります。チタンは原料となる鉱石はインド、オーストラリア、南アフリカで生産されています。それを日本国内で精製してスポンジチタンなどへ加工して、出荷しているのです。
鉱石も多く産出でき、日本国内での生産量は安定しています。しかし生産量が鉄鋼と比較すると、少なくそのことで安定的に材料を確保するには難しいと言われます。2009年のデーターですが、粗鋼の全世界生産量が12億トンに対しチタンは僅か約7万トン、鉄の僅か0.005%にすぎません。
生産量が少ないことで、特定の需要が増えると価格が高騰する傾向もあります。特に海外では軍用の需要が増えると相場が上昇する傾向にあるそうです。チタン が軍用として用いられるのが航空機や軍艦などで、民間でも航空機に多く使われています。
SEIKOがチタンを使うのは国内ではヨーロッパと比較し、安定的に素材を確保できるためと推測できます。また日本人が「キラキラ系」よりもマット感のある素材を好むこともあるからでしょう。

プラネットオーシャンはチタンからステンレス への転換

スイスブランドではオメガが多く、シーマスターでチタンを採用しています。しかし2016年に発表したプラネットオーシャンはそれまでのチタンからステンレスにケースを変更しているのです。
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2013年のオメガ シーマスター600M プラネットオーシャン 「232.90.46.21.03.001」はチタン ケースを採用していました。写真ではわかりにくいのですが、チタンはステンレス と比べ少し冷んやりとした外観が特徴です。
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2016年からのプラネットオーシャン232.30.44.22.01.001、同型がトケマーで無かったため、GMTモデルを載せました。この外観は2013年モデルとほとんど変わらないにもかかわらず、チタンからステンレス へと変更しています。
オメガはプラネットオーシャンシリーズでは「チタン 製モデルZ」というラインナップにチタン製モデル、5製品を新たに投入しています。しかし従来からあったプラネットオーシャン600mコレクションからはチタンを全てステンレスに変更しているのです。
「チタン製モデルZ」はサンブラスト仕上げのモデルのため、チタン素材の良さをそのまま活かせます。
他のチタンモデルは鏡面仕上げのため、彼らが満足できるものでは無かったか?軽すぎることで、ユーザーから不満が多かった可能性もあります。
僕は価格も安定していない、鏡面加工も難しいチタンは今後、時計材料では主役になることは無いだろうと考えます。

ステンレスは最高の時計素材

OKハンドサインを持つアジアの医師

OKハンドサインを持つアジアの医師

金属アレルギーが少ないと言われるチタンですが、ステンレス も同じです。先日大学の友人から金属材料のアドバイスをもらった時、ステンレス の話題になりました。在学中に骨折した同級生の体内に2ヶ月脚に埋め込まれたステンレス棒 が全く錆びなかったことを授業で披露していたことを思い出し、あらためてステンレスの性能の良さを実感したものです。
ステンレス も金属アレルギーはほとんど問題ありません。僕はこれまでの時計における実績を考えるとステンレス は2020年時点で、最高の時計素材だと思います。皆さんもステンレス時計、楽しんでください。

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Source: 時計怪獣